自衛のためのサイバー攻撃の仕組み講座(AI時代・エンジニア水準)

区分2 人とアカウントを狙う攻撃★★★

No.04 AI時代のフィッシングと詐欺(文面・声・顔の偽物)

メール・LINE・電話・ビデオ会議で、攻撃者があなたを「本物の相手だ」と信じさせる仕組みを学びます。AIで文面・声・顔が本物並みになった今、見抜く手がかりがどこに移ったかが中心です。数字は2026年10月時点のものです。
目次
  1. 第0章 前提知識
  2. 第1章 文面が本物並みになった
  3. 第2章 声と顔の偽物
  4. 第3章 見抜き方と塞ぎ方
  5. 確認問題

第0章 前提知識

① フィッシング :本物を装って、情報や操作をだまし取ること

フィッシングは、銀行・通販・会社・知り合いなどを装った連絡で、パスワードやコードを入力させたり、送金させたりする手口です。 語源は「釣り(fishing)」から来ていると言われます。餌(本物らしい連絡)を流して、引っかかった人から取る、というイメージです。

連絡の道は、メールだけではありません。 SMSやLINEなら「スミッシング」、電話なら「ボイスフィッシング」と呼ばれることがあります。呼び名が違うだけで、「本物を装って行動させる」仕組みは同じです。

② ドメインとなりすまし :表示名と、本当の住所は別

ドメインは、インターネット上の住所にあたる部分です。example.com のような文字列で、サイトの持ち主ごとに1つしかありません。

メールの差出人は、「表示名」と「アドレス(ドメイン付き)」の2つでできています。 表示名は誰でも好きに付けられます。名前を「〇〇銀行」にするのは、封筒に好きな差出人名を書くのと同じで、ほとんど手間がかかりません。 本当の住所にあたるのはドメインのほうです。見るべき場所はこちらです。

③ ディープフェイク :AIで作った偽の声・顔・映像

ディープフェイクは、AIで本物そっくりに作った偽の音声・画像・動画のことです。 実在の人の声や顔を学習させて、その人が話しているように見せかけます。

④ 言葉の整理

第1章 文面が本物並みになった

① 昔の見抜き方が通用しなくなった 必ず覚える

以前のフィッシングメールは、日本語の不自然さで見抜けることが多くありました。 敬語がおかしい、漢字が中国語風、改行が変、といった具合です。「文章が変だからおかしい」が、素朴で強い手がかりでした。

生成AIは、これをほぼ消しました。 自然な日本語・正しい敬語・その会社らしい言い回しを、誰でも数秒で出せるようになったからです。

理由は単純で、攻撃者が文章を書く費用が大きく下がったからです。 下がった費用は、3つの形で効いてきます。

数字でも、量の増加は表れています。 警察庁の2025年のまとめを伝える報道によると、フィッシング対策協議会に寄せられた報告は約245万件で、前年より4割ほど増え、過去最多でした。

つまり、あなたが受け取る量も増え、質も上がっています。 「変な日本語だから大丈夫」は、もう根拠になりません。

○ よくある勘違い:「AIが書いた文は見れば分かる」
→ 分かる場合もありますが、頼れる根拠ではありません。AIを使う攻撃者は、読み返して直す作業まで自動でやれます
○ 関係する単元:No.02(2026年の脅威の地図)、No.13(攻撃者がAIで速くなった所)

② 手がかりは「文面」から「経路と要求」へ移った 必ず覚える

文面で見抜けないなら、文面の外を見ます。 外にある手がかりは3つあり、どれもAIでは作り変えにくい部分です。

  1. どこから来たか:差出人のドメイン。表示名ではなく、本当のアドレスの右側
  2. 何を求めているか:パスワード・コード・送金・「今すぐ」の行動。正規の会社が、メールのリンク先でパスワードを聞くことは通常ありません
  3. どこへ連れていくか:リンク先のドメイン。文字として見えている部分と、実際の行き先は別のことがある

3つの中で一番強いのは、2つ目です。 「リンクを開いて、ログインして、コードを入力して」という要求の形そのものが、フィッシングの核だからです。

対策も同じ形になります。 連絡がどんなに本物らしくても、連絡の中のリンクからは入らない。いつも使っているブックマークか、公式アプリから自分で開きます。 これは、だまされたかどうかを判断する必要すらなくす方法で、見抜く力に頼らない分、疲れた日にも効きます。

③ 二段階式の誘導 さらっと

2026年6月に、警視庁が「二段階式フィッシングメール」について注意を呼びかけました。 最初は無害に見える連絡で相手の反応を確かめ、返事をした人にだけ、次の本命の連絡を送る形とされています。 受信者が警戒を解いたところを狙う点が特徴です。

覚える点は1つで、「最初の連絡が無害でも、そのあとの要求で判断する」ことです。

第2章 声と顔の偽物

① 声はごく短い録音から作れる 必ず覚える

音声の複製は、数秒から数十秒の録音があれば、似た声を作れる水準になったと各社の解説が述べています。 録音は、SNSの動画・講義の配信・留守番電話など、公開されている物で足ります。

AI講師として声を出して発信しているあなたは、材料がすでに公開されている側です。 これは怖がる話ではなく、前提として知っておく話です。

このため、「声が本人だった」は、本人確認の根拠として弱くなりました。

② 法人を狙う電話と、会議の偽物 必ず覚える

警察庁のまとめによると、電話でだます手口による法人口座の不正送金は、2024年秋から2025年4月にかけて急増し、同年11月にも再び増えています。 銀行を名乗る電話から、「ネットバンキングの更新が必要」という流れでIDやコードを聞き出すものです。

ビデオ会議でも、経営者や上司の顔・声を装って送金を指示する例が、海外では報告されています。 映像と声が両方そろうと、人は疑いにくくなります。

ここで効く守りは、見破る技術ではなく、手順です。

偽の声を完璧に見破る検知器は、まだ当てにできません。 だから「声が本物かどうか」を判断する場面を、そもそも作らない設計にします。

○ 講義で使える言い換え:「声は鍵ではなく、名乗りです。名乗りだけで金庫は開けない、と決めておきます」
○ 受講生によく聞かれる質問:「AIの声は聞き分けられますか」→ 条件が良いと難しい、が正直な答えです。聞き分けに頼らない手順を示します
○ 関係する単元:No.13(攻撃者がAIで速くなった所)

第3章 見抜き方と塞ぎ方

① メールの差出人が本物かを確かめる仕組み 必ず覚える

自分のドメインで会社のメールを出している人は、攻撃者に「自分の名前を使われる」側にもなります。 これを減らす仕組みが、3つあります。

DMARCの扱いが「何もしない」のままだと、偽のメールは普通に届きます。 フィッシング対策協議会の2026年度版ガイドラインは、送信側の事業者にDMARCポリシーの reject(拒否)を推奨しています。

ただし、DMARCは自分のドメインを装った偽メールを減らす物です。 別のドメインから送られてくる偽メールは防げません。守りの範囲を取り違えないことが大切です。

② 自分のドメインを点検する(手を動かす例) さらっと

自分が持っているドメインの設定は、自分で見られます。ターミナルで次のように打つと、DMARCの設定が出ます。example.com は自分のドメインに置き換えます。

dig +short TXT _dmarc.example.com

dig は、ドメインの登録内容を問い合わせるコマンドです。 何も返らなければ、DMARCは未設定です。p=none と出たら「何もしない」で、p=quarantine なら隔離、p=reject なら拒否です。

設定を変えるときは、正規のメール(UTAGE・LINE通知・メルマガなど)が弾かれないかを先に確かめる必要があります。 まず none で報告だけ集めて、問題がなければ段階的に強める進め方が一般的です。変更の手順はAIに頼めばよく、頼み方の例は「自分のドメインのDMARCを、正規の送信元を壊さずに強めたい。いま使っている送信サービスの一覧を渡すので、手順を出して」です。

③ 受け取る側の習慣 必ず覚える

仕組みよりも、毎日の習慣が一番効きます。

スタッフ向けには、この3つを「やり方」ではなく「止まる合図」として伝えると続きます。

文面の自然さはもう根拠にならない。見る場所は「どこから来たか・何を求めているか・どこへ連れていくか」。声と顔も同じで、別の経路でかけ直す手順で守る。

確認問題

問1 取引先を名乗るメールが届きました。日本語は自然で、会社名も合っています。次に見るべき場所はどれですか?

問2 社長を名乗る人から電話で急ぎの送金を頼まれ、声は本人にそっくりでした。最も適切な対応は?

問3 自分のドメインで DMARC を `p=reject` に設定した効果として正しいのは?

出典:警察庁「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」(2026年3月公表、https://www.npa.go.jp/news/release/2026/20260310001.html)。フィッシング報告件数・法人口座の被害の推移は、この資料を伝える報道(https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/2604/27/news047.html)から。/フィッシング対策協議会「フィッシング対策ガイドライン」(https://www.antiphishing.jp/)/IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」(https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2026.html)。個人向け脅威にフィッシングによる個人情報等の詐取、サポート詐欺などが挙がっています。