自衛のためのサイバー攻撃の仕組み講座(AI時代・エンジニア水準)
区分2 人とアカウントを狙う攻撃★★★フィッシングは、銀行・通販・会社・知り合いなどを装った連絡で、パスワードやコードを入力させたり、送金させたりする手口です。 語源は「釣り(fishing)」から来ていると言われます。餌(本物らしい連絡)を流して、引っかかった人から取る、というイメージです。
連絡の道は、メールだけではありません。 SMSやLINEなら「スミッシング」、電話なら「ボイスフィッシング」と呼ばれることがあります。呼び名が違うだけで、「本物を装って行動させる」仕組みは同じです。
ドメインは、インターネット上の住所にあたる部分です。example.com のような文字列で、サイトの持ち主ごとに1つしかありません。
メールの差出人は、「表示名」と「アドレス(ドメイン付き)」の2つでできています。 表示名は誰でも好きに付けられます。名前を「〇〇銀行」にするのは、封筒に好きな差出人名を書くのと同じで、ほとんど手間がかかりません。 本当の住所にあたるのはドメインのほうです。見るべき場所はこちらです。
ディープフェイクは、AIで本物そっくりに作った偽の音声・画像・動画のことです。 実在の人の声や顔を学習させて、その人が話しているように見せかけます。
以前のフィッシングメールは、日本語の不自然さで見抜けることが多くありました。 敬語がおかしい、漢字が中国語風、改行が変、といった具合です。「文章が変だからおかしい」が、素朴で強い手がかりでした。
生成AIは、これをほぼ消しました。 自然な日本語・正しい敬語・その会社らしい言い回しを、誰でも数秒で出せるようになったからです。
理由は単純で、攻撃者が文章を書く費用が大きく下がったからです。 下がった費用は、3つの形で効いてきます。
数字でも、量の増加は表れています。 警察庁の2025年のまとめを伝える報道によると、フィッシング対策協議会に寄せられた報告は約245万件で、前年より4割ほど増え、過去最多でした。
つまり、あなたが受け取る量も増え、質も上がっています。 「変な日本語だから大丈夫」は、もう根拠になりません。
○ よくある勘違い:「AIが書いた文は見れば分かる」
→ 分かる場合もありますが、頼れる根拠ではありません。AIを使う攻撃者は、読み返して直す作業まで自動でやれます
○ 関係する単元:No.02(2026年の脅威の地図)、No.13(攻撃者がAIで速くなった所)
文面で見抜けないなら、文面の外を見ます。 外にある手がかりは3つあり、どれもAIでは作り変えにくい部分です。
3つの中で一番強いのは、2つ目です。 「リンクを開いて、ログインして、コードを入力して」という要求の形そのものが、フィッシングの核だからです。
対策も同じ形になります。 連絡がどんなに本物らしくても、連絡の中のリンクからは入らない。いつも使っているブックマークか、公式アプリから自分で開きます。 これは、だまされたかどうかを判断する必要すらなくす方法で、見抜く力に頼らない分、疲れた日にも効きます。
2026年6月に、警視庁が「二段階式フィッシングメール」について注意を呼びかけました。 最初は無害に見える連絡で相手の反応を確かめ、返事をした人にだけ、次の本命の連絡を送る形とされています。 受信者が警戒を解いたところを狙う点が特徴です。
覚える点は1つで、「最初の連絡が無害でも、そのあとの要求で判断する」ことです。
音声の複製は、数秒から数十秒の録音があれば、似た声を作れる水準になったと各社の解説が述べています。 録音は、SNSの動画・講義の配信・留守番電話など、公開されている物で足ります。
AI講師として声を出して発信しているあなたは、材料がすでに公開されている側です。 これは怖がる話ではなく、前提として知っておく話です。
このため、「声が本人だった」は、本人確認の根拠として弱くなりました。
警察庁のまとめによると、電話でだます手口による法人口座の不正送金は、2024年秋から2025年4月にかけて急増し、同年11月にも再び増えています。 銀行を名乗る電話から、「ネットバンキングの更新が必要」という流れでIDやコードを聞き出すものです。
ビデオ会議でも、経営者や上司の顔・声を装って送金を指示する例が、海外では報告されています。 映像と声が両方そろうと、人は疑いにくくなります。
ここで効く守りは、見破る技術ではなく、手順です。
偽の声を完璧に見破る検知器は、まだ当てにできません。 だから「声が本物かどうか」を判断する場面を、そもそも作らない設計にします。
○ 講義で使える言い換え:「声は鍵ではなく、名乗りです。名乗りだけで金庫は開けない、と決めておきます」
○ 受講生によく聞かれる質問:「AIの声は聞き分けられますか」→ 条件が良いと難しい、が正直な答えです。聞き分けに頼らない手順を示します
○ 関係する単元:No.13(攻撃者がAIで速くなった所)
自分のドメインで会社のメールを出している人は、攻撃者に「自分の名前を使われる」側にもなります。 これを減らす仕組みが、3つあります。
DMARCの扱いが「何もしない」のままだと、偽のメールは普通に届きます。
フィッシング対策協議会の2026年度版ガイドラインは、送信側の事業者にDMARCポリシーの reject(拒否)を推奨しています。
ただし、DMARCは自分のドメインを装った偽メールを減らす物です。 別のドメインから送られてくる偽メールは防げません。守りの範囲を取り違えないことが大切です。
自分が持っているドメインの設定は、自分で見られます。ターミナルで次のように打つと、DMARCの設定が出ます。example.com は自分のドメインに置き換えます。
dig +short TXT _dmarc.example.com
dig は、ドメインの登録内容を問い合わせるコマンドです。
何も返らなければ、DMARCは未設定です。p=none と出たら「何もしない」で、p=quarantine なら隔離、p=reject なら拒否です。
設定を変えるときは、正規のメール(UTAGE・LINE通知・メルマガなど)が弾かれないかを先に確かめる必要があります。
まず none で報告だけ集めて、問題がなければ段階的に強める進め方が一般的です。変更の手順はAIに頼めばよく、頼み方の例は「自分のドメインのDMARCを、正規の送信元を壊さずに強めたい。いま使っている送信サービスの一覧を渡すので、手順を出して」です。
仕組みよりも、毎日の習慣が一番効きます。
スタッフ向けには、この3つを「やり方」ではなく「止まる合図」として伝えると続きます。
文面の自然さはもう根拠にならない。見る場所は「どこから来たか・何を求めているか・どこへ連れていくか」。声と顔も同じで、別の経路でかけ直す手順で守る。
問1 取引先を名乗るメールが届きました。日本語は自然で、会社名も合っています。次に見るべき場所はどれですか?
問2 社長を名乗る人から電話で急ぎの送金を頼まれ、声は本人にそっくりでした。最も適切な対応は?
問3 自分のドメインで DMARC を `p=reject` に設定した効果として正しいのは?
出典:警察庁「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」(2026年3月公表、https://www.npa.go.jp/news/release/2026/20260310001.html)。フィッシング報告件数・法人口座の被害の推移は、この資料を伝える報道(https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/2604/27/news047.html)から。/フィッシング対策協議会「フィッシング対策ガイドライン」(https://www.antiphishing.jp/)/IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」(https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2026.html)。個人向け脅威にフィッシングによる個人情報等の詐取、サポート詐欺などが挙がっています。