自衛のためのサイバー攻撃の仕組み講座(AI時代・エンジニア水準)

区分5 守りを回す仕組みと、学び続ける場所★★

No.16 合法に手を動かして学ぶ場所(CTF・練習環境)と、越えてはいけない線

仕組みは、読むだけより手を動かすと身に付きます。ただし、試していい場所と、越えてはいけない線があります。この単元は、合法な練習の場と、法律の線、バグを見つけた時の届け出を扱います。練習の中で何をするかの手順は書きません。受講生の「自分で試してみたいんですが、いいんですか」に、線を示して答えられるようになります。法令や規約は2026年10月時点のものです。この講座は法律の相談ではないので、迷う場合は弁護士などに確かめてください。
目次
  1. 第0章 前提知識
  2. 第1章 越えてはいけない線
  3. 第2章 合法に学べる場所
  4. 第3章 バグを見つけてしまった時
  5. 確認問題

第0章 前提知識

① 先に、線を一つだけ

この単元で一番大事なことを先に書きます。

試していいのは、自分の物か、書面などで許可された物だけです。

腕試し、善意、勉強のため、どれであっても、許可のない他人のシステムに入ろうとすれば、犯罪になりえます。 「壊すつもりはなかった」は、線を越えたかどうかとは別の話です。

② 言葉の整理

③ 似た言葉の違い

「ハッカー」という言葉は、技術に長けた人を指す場合と、侵入した人を指す場合があります。 この講座では、攻撃を行う側を「攻撃者」、守る側を「守る側」と呼びます。技術があるかではなく、許可があるかで分けるという考え方です。

第1章 越えてはいけない線

① 不正アクセス禁止法 必ず覚える

この法律の対象になる行為と、入っただけでも罪になることは、はじめにの「学び方」で読みました。 ここでは、条文ごとの要点だけを確かめます。条文はe-Gov法令検索で読めます。拘禁刑は、旧・懲役にあたる、刑務所に入る刑の名前です。

大事な点は、禁止の対象が、入る行為だけでなく、入る準備(手に入れる・保管する・入力させる)にも広がっていることです。

偽のログイン画面は、No.04で扱ったフィッシングの手口そのものです。 練習のつもりで作って他人に見せれば、第7条の対象になりえます。

② 不正指令電磁的記録の罪(いわゆるウイルス罪) 必ず覚える

刑法の第168条の2と3に、コンピューターウイルスなどに関する罪があります(はじめにの「学び方」でも触れました)。 「不正指令電磁的記録」とは、使う人の意図に沿った動きをさせず、意図に反する動きをさせる不正な指令を書いた物のことです。

行為 罰
正当な理由なく、人のコンピューターで動かす目的で、作る・提供する 3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(条文は第168条の2第1項)
正当な理由なく、人のコンピューターで動くようにする(実行させる) 同上(第2項。未遂も罰する)
正当な理由なく、その目的で、手に入れる・保管する 2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金(第168条の3)

ポイントは「正当な理由なく」と「人のコンピューターで動かす目的」です。 自分のPCの中の閉じた環境で、守る側の研究や教育のために扱うことは、この罪とは別に考えられます。ただし、何が正当な理由かは、一つひとつ判断されるので、迷う場合は手を動かさず、専門家に確かめます。

受講生に教える時は、「作る・持つ・見せる・動かす」のどれも、人のPCを巻き込んだ時点で危ない、と伝えれば足ります。

③ 許可の線を確かめる3つの問い 必ず覚える

試す前に、次の3つに答えられるかを確かめます。1つでも詰まれば、やりません。

  1. これは自分の物か。または、持ち主から書面などで許可をもらっているか
  2. 許可された範囲(どのシステム・どの期間・どの方法)の中か
  3. 借り物ではないか。借りているサーバーやサービスは、貸し主の利用規約が先に来る

3番は見落とされやすいです。 VPS(借りて使う自分専用のサーバー)やクラウドは、自分が契約していても、貸し主の規約で、試験的な攻撃的な通信が禁止されている場合があります。 自分が契約したVPSでも、貸し主の規約を読んでから、です。

○ 受講生によく聞かれる質問:「自分の会社のサイトなら、勝手に試してもいいですか」
→ 答え方:持ち主が自分(または自社の責任者)なら、その点は満たせます。ただし、サーバーの貸し主の規約と、同じサーバーに載っている他人のデータへの影響を確かめてからです。
○ 受講生によく聞かれる質問:「友人のサイトの弱点を、善意で調べてあげたい」
→ 答え方:許可を書面(メール可)でもらい、範囲を決めてからです。許可がなければ、善意でも第3条の対象になりえます。
○ 関係する単元:No.04 フィッシング(偽のログイン画面)、No.08 OWASP Top 10

第2章 合法に学べる場所

① 自分のPCの中に閉じた練習環境 必ず覚える

一番安全なのは、自分のPCの中だけで動かす、わざと弱く作られたWebアプリです。

代表はOWASP Juice Shop(OWASP=Webの安全を研究している非営利団体が運営する、学習用のやられ環境)です。 OWASP公式の開発者向けガイドは、これをOWASPの旗艦プロジェクト(団体が特に力を入れて育てている主要なプロジェクト)と位置づけ、OWASP Top 10の全体をカバーしていると説明しています。No.08で読んだ弱点の仕組みを、実物で確かめられます。

守ることは、次の2つです。

起動のしかたは、公式の手順を読むか、AIに頼めばよいです。頼み方の例:「OWASP Juice Shop を、自分のMacの中だけで動かし、外のネットワークからはつながらないようにする方法を、公式の手順で教えて」

② CTF :主催者がルールと環境を用意した競技 さらっと

CTFは、主催者が用意した環境と問題の中だけで行います。 日本では、JNSA(セキュリティ関連団体)の事務局が運営するSECCONが有名で、初心者向けのSECCON Beginnersのシリーズがあります。

CTFで学べるのは、弱点の見つけ方の考え方や、守りの設計への視点です。 大会の外にある、似た名前のサーバーに試すことは、別の話で、許可がなければ線を越えます。

③ 学習プラットフォーム :割り当てられた環境の中だけ さらっと

TryHackMe や Hack The Box は、運営が用意した、わざと弱く作られた環境で学ぶ場です。

規約には、場の外に出ない約束が書かれています。

規約は変わるので、始める前に最新の物を読みます。 ここで身に付けた技術を、許可のない外の世界で使えば、場の中の許可は及びません。

第3章 バグを見つけてしまった時

① 見つけたら、それ以上触らず届け出る 必ず覚える

ふつうにサイトを使っていて、おかしな表示や、見えるはずのない情報に気づくことがあります。 その時の基本は、それ以上、深追いしないことです。

追って試すほど、第3条の線に近づきます。 気づいた内容(日時・場所・画面)だけを記録して、届け出ます。

日本には、IPAの脆弱性関連情報の届出制度があります。

制度は、関係者の協力で成り立っています。対応が必ず取られるとは限りません。

届け出る前に、SNSなどで公表するのはやめてください。直る前に公開すると、他の人に悪用されるおそれがあるからです。公表の時期は、JPCERT/CCが開発者と調整します。

② 報奨金を目指す場合は、企業の公式な募集の範囲で さらっと

バグバウンティは、企業が範囲と条件を決めて公式に募集する仕組みです。 募集ページに書かれた範囲と方法の中だけで行います。範囲の外に出れば、報奨金の対象にならないだけでなく、不正アクセスになりえます。

報奨金の有無や金額は、各社が決めます。募集ページで、報奨金の条件を確かめてから始めます。

③ 始める前の確認表 必ず覚える

確かめること 答えが「いいえ」なら
第1章③の3つの問い(自分の物か許可があるか・範囲の中か・借り物の規約)に答えられるか 試さない。規約が先
自分のPCの中に閉じているか(学習用の環境なら) 外に公開しない
見つけた不具合に、深追いせず届け出たか 深追いをやめて届け出る

試していいのは、自分の物か、許可と範囲をもらった物だけ。不正アクセス禁止法とウイルス罪は、入る行為だけでなく、準備や所持も対象になりうる。練習は、自分のPCの中の学習用環境、CTF、割り当てられた環境の中で。バグを見つけたら深追いせず、IPAに届け出る。

確認問題

問1 友人から「自分のサイトの弱点を調べてほしい」と口頭で頼まれました。まず何をしますか。

問2 学習用に、OWASP Juice Shop をMacの中で動かします。守ることとして正しい物はどれですか。

問3 あるサービスを普通に使っていたら、見えるはずのない他人の情報が表示されました。最も適切な対応はどれですか。

問4 他人のパソコンで動かす目的で、正当な理由なく、不正なプログラムを作ったり、人に渡したりした場合に関係する法律はどれですか。

出典:e-Gov法令検索「不正アクセス行為の禁止等に関する法律」(https://laws.e-gov.go.jp/law/411AC0000000128)/e-Gov法令検索「刑法」第168条の2・第168条の3(https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045)/IPA「脆弱性関連情報の届出制度」(https://www.ipa.go.jp/security/vuln/report/index.html)/OWASP Developer Guide「Juice Shop」(https://devguide.owasp.org/07-training-education/01-vulnerable-apps/01-juice-shop)/SECCON(https://www.seccon.jp/)/Hack The Box「Platform Rules」(https://help.hackthebox.com/en/articles/12325897-hack-the-box-platform-rules)/TryHackMe「Acceptable Use Policy」(https://tryhackme.com/r/legal/acceptable-use-policy)